5 - ハマグリ尿棒 2013/07/08(月) 16:59:28 ID:HU.uuVow
トントントントントントン…
台所から聞こえてくる包丁の小気味良い音が、貴洋をまどろみから引き戻した。見ると、カーテンの隙間、窓の外はもう日が暮れていた。
どこか寂しげな風の音が、貴洋の耳元を撫でていく。
涼しげな風を心地良く感じながら、貴洋はぼんやりと、今日一日がまた無駄に終わった事を知った。時折点滅する古びたデスクライト、枕代わりの六法全書、ノートに描かれた無意味な落書き。
貴洋ははっきりとしない意識のまま、その落書きを消しゴムでこすり始める。自分の似顔絵も自分への罵倒も、そして誰に宛てたのかも分からない懺悔の言葉も。
すべてが白いカスとなって消えていく様子を、貴洋は黙って見つめている。
そしてふと、彼は自分の手のひらが冷たい汗でじっとりと濡れている事に気がついた。彼は深いため息をつきその汗をぬぐいとると、台所へと向かう。
もう、ちゃぶ台の上に皿は並べ終わっていた。父洋も、母厚子も、そして祖父1Aも席に着いていた。誰一人口を開かず、ただテレビの音だけが沈黙に絡みついている。
貴洋は出来るだけ息を静かにしながら、そっと席に着いた。
彼が席に着いた所で、それとなく食事は始まったが、会話は始まらなかった。かちゃかちゃと食器の擦れ合う音が食卓の上に響く。
そこにあるコミュニケーションは、かぼちゃの煮つけやほうれん草のおひたしやらにのばされる箸同士が重なり合わないように、お互い察する事だけだ。
誰もお互いの目を見ず、ただ機械的に箸を動かしている。
ふと、貴洋のぼんやりとさした箸が、父親のそれと触れ合った。
貴洋は部屋の温度が下がった様に感じ、また、取り返しのつかない事をしてしまったかの様に嫌な汗がどことなく伝っているのを感じる。
「貴洋」
そう言われた事に、数瞬遅れて彼は気がついた。彼は、身の置き所が無くなってしまったかの様に落ち着きを保てなくなった。
「す、すすすみませんナリリリリリ」
体がついていかない。意識もついていけず、まるで食卓から一人取り残されてしまった様に思いながらも、みっともなく口ごもる。
ああ、またやってしまった。今の貴洋は家族の目にどう映っただろう。貴洋は顔から火が出る思いで、しかしどこか納得している自分がいる事に気づいていた。
中学時代がフラッシュバックする。誰からも興味を持ってもらえない一人ぼっちの教室を、誰からも肯定してもらえない学校を。
こんな出来損ないに向けられるものは全部馬鹿にする様な視線だった。客観的に見て劣っている。だったら、家族も失望している。おまえは要らないって、そう言っている。
「貴洋」
ハッ、とする。そうだ、今は食事中だった。失敗に失敗を重ねるなんてほんと馬鹿な野郎だ、何をやっても反省しない。しないのではなく出来ない、やっぱり、劣っている。
そうしてただ震える彼にかけられたのは、思いの他穏やかな言葉だった。
「味噌汁、薄くないか」
思わず、顔を上げた。そこには、彼の想像よりとても小さな父親がいた。彼は思った。いつから、父親の顔を見ていなかったのだろう。
目じりのしわも、白くなったもみ上げも。彼が知る父親とかけ離れていて。それはまるで子を心配する普通の親だった。
「少し、出汁が薄い気がするんだが、どうだ、」
なんだか拍子抜けした。
「はいナリ」
彼は自分の言葉がスムーズに出たことに気づかなかった。その事より、味噌汁を作り直そうとして、父親が自分の椀を、家族の椀と一緒に持っていった事に驚いたのだ。
何の区別も無く、何の見返りも無く。そして、父親が続けてとった行動に、彼は驚愕した。
突然、父親がズボンもパンツも一緒くたに脱ぎ散らかしたのだ。
次いで止める間も無くそれぞれの椀におちんぽを差し込むと、身を震わせながら小便を注ぎ込む。ジョッジョッジョロオロロロロロロロロロロロロロロ。
父親は幸せそうに顔を歪ませ、こっちを見ている。見ると、母親も、祖父も、こちらを凝視して笑顔を浮かべている。
しばらくして運ばれてきた味噌汁の濃い味に、当職も思わず笑顔になった。
「「「「アハハ!」」」」