795 - ゆぱー! (sage) 2016/01/04(月) 05:59:07 ID:pCewBwPw
293 無名王 2015/12/25(金) 14:44:26 ID:hJNoLxbk0
その謎を紐解くヒントは小関直哉のこのセリフではないでしょうか。
《なんだかんだいって、現実の輝きは、夢なんかよりも、よっぽど綺麗だと実感した。》
社会人になってなお親元にパラサイトし、専門学校を卒業してなおパートの仕事しか出来ず、彼女はおろか対等で心の許せる友達もいない現実より酷い夢とは何なのか、という指摘が幾度かなされてきた言葉です。
私はここで、一つの仮説を提案します。
彼にとって、この絶望的な現実こそが彼にとっての夢だったのではないでしょうか。 そして、傍から見れば虚構でしかない彼の自己像こそが、彼にとっての現実だったのでは無いでしょうか。
パソコンを起動した先にある甘美な世界で、いっぱしのコンテンツ生産者として、あるいは上から他人を一方的に評価できる身分として、実力を持った有名人と対等に語り合う。
それこそが、彼が実在を疑うことのない現実だったのかもしれません。
そしてパソコンから離れるという行為は、彼にとって、永遠の悪夢を見る行為だったのかもしれません。
確かに悪夢は努力で変えられる類いのものではありませんし、哲学者でもなければ現実はその実在を疑うものではありません。
彼の夢は、彼が惨めであり続ける限り、彼を幸せにする現実であり続けてくれるのかもしれません。
たとえ一人でも、たとえネット上でも彼に竹馬の友と呼べる存在がいれば、この悲劇は避けられたかもしれません。
以上で私の発表を終わります。