117 - 核撃てば尊師 2013/04/30(火) 10:48:52 ID:fr4vXx4A0
「おにいちゃん、ほーむらん打ってきてね。ぼくもがんばるから」
若い雪というには余りにも白く骨ばった小指が太めの指と絡まる。
「やくそくナリ。にいちゃん勝ってホームランボールもって来るナリ」
はっきり言って弟の手術は無謀だった。でも命をつなぐ可能性はそこにしかなかった。
万感の思いを背負い試合に臨み、兄は打ち、守り、逆転本塁打を放ち、終に優勝旗を病室に運んだ。
ベッドはカラだった。少年の手から汚れたボールと真紅の旗が冷たいリノリウムの床に落ちた。
兄は約束を守った。しかし弟は、間に合わなかったのだ。そして、葬式も終わり父に呼び出された。
弟の手紙だった。封筒は空いていた。にいちゃんととうちゃんへ、そう書かれていた。
「ごめんなさい、ぼくはたぶんやくそくをまもれません。ごめんなさい。やさしくしてくれて」
そこから先はにじんでくしゃくしゃで、読めなかった。父は泣いていた。その親指は黒く滲んでいた。
兄は、野球を続けた。そして、臥薪嘗胆の日々を経て兄は30を数える年、プロ野球界のスターになっていた。
『四番唐澤、逆転のチャンス。ここで本塁打を打てば―――』20年前のやりなおし。野球界の伝説の1ページが刻まれた。。